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⑤【役に立つ寄り道・第3回】 仕事と論理的思考の密接な関係3つとは? 日本人特有の問題点とは?

何かを判断するときに論理的思考を使う場合と使わない場合については前回伝えました。判断というのはあくまで自分の中だけのもので「問題解決」ですが、これを誰か相手に向かって発信すると「コミニュケーション」ということになります。

前回「仕事では必ず論理的思考をオンにすべき」と伝えたのは、この「問題解決」・「コミュニケーション」の2つこそがほとんどの仕事そのものだからです。では、これらをさらに詳しく見ていきましょう。

   

仕事における問題解決×論理的思考

まず仕事における「問題」とは何でしょうか? 例えば教師が「クラスの生徒30人全員が次のテストで100点満点を取る」という目標を立てたとします。しかし残念ながら20人しか100点取れなかったとした場合、そのことは解決すべき「問題」です。つまりある目標・目的を達成できないことを「問題」と呼ぶとすると、当然それを解決しなければなりません。

そのために、まずどうして問題が発生したのかを「分析」⇒解決への「課題(新たな目標)」を設定し⇒それを実行するための計画を「決定」⇒「実行」に移し⇒結果を再び「分析」する。という思考段階が必要です。もちろん感情まかせの行き当たりばったりの計画では結果を運にまかせているのと同じなので、それぞれの「段階」は「妥当」で「客観的にはっきり」したものでなければなりません。つまり仕事における問題解決とは論理的思考そのものなのです。

 

仕事におけるコミュニケーション×論理的思考

whiteboard_memo_woman ある判断を相手に伝えると、コミュニケーションを取ることになります。これはささいなやり取りから大規模なプレゼンテーションにおけるまで、仕事をする上で欠かすことができません。

例えば先ほどの教師の例で、「分析=100点を取れなかった生徒は授業を聞いていない者ばかりだった」⇒「課題」=「その生徒たちに授業を身につけさせる」⇒「決定」=「その生徒たちに補習を行い学力を上げてクラス全員が100点を取らせる」という問題解決策を論理的思考で生み出したとします。これを他の教師に認めてもらうために会議の場で議論することになると、コミュニケーションが不可欠になります。

自分が生み出した解決策を人に認めてもらうコミュニケーションの場では、論理的思考が独りよがりのものになってはいけません。それを避けるためにはいくつかコツがあります。

ダラダラ語りは厳禁

例えば、「うちの生徒がですね、目標を達成できなかったのでどうしていいのかを考えました。そもそも授業というのはきちんと聞かないと意味がないわけですよ。そのために我々は工夫を凝らしているわけで。授業を聞く真面目な生徒もたくさんいるのですが、聞かない生徒もいますよね…」とダラダラ語り出したら聞いている教師には内容が頭に入りませんよね? もちろん説得力にも欠けてしまい、せっかく論理的思考で生み出した解決策も認めてはもらえなくなります。逆に「できない生徒には補習をします」と結論だけを述べても説得力がありません。つまり「必要な要素の過不足がないように」語るのがコツです。

誰にでも分かる言葉で

「今回のターゲットを達成できなかった点へのアナライズですが、まずディシジョンから話しますと生徒のコンセンサスが…」とやたら英単語を並べて話したらどうでしょう。特に英単語である必要はなくむしろ分かりにくい使い方しかできていません。自分の頭の中で論理的思考をしている段階ではそれでかまいませんが、議論の場ではコミュニケーションが第一なので聞く側の視点で理解を得られる言葉を使う必要があります

反論を想定しておく

自分の頭の中だけで論理的思考が成立していても、聞き手の頭の中ですぐに同じ筋道が描かれるとは限りません。むしろそうでないことの方が多いでしょう。例えば「補習なんかせずに初めから全員が授業を聞くように工夫すればいいじゃないか」と反論されたらどうでしょう? この解決策も論理的です。つまり論理的思考とは「唯一の正解」にたどり着こうとするだけでなく「最善のゴール地点」を模索することにも使われるということです。(【役に立つ寄り道・第1回】で小論文について述べたことと同じです)

独善的に論理的思考をするばかりではなく、第三者の視点も想定しておくことがコツと言えるのがこの例からも分かります。

 

日本人特有の議論ベタとは?

nihonchizu-1 このようなコミュニケーションが日本人は特に下手だとされています。島国である上に多くの民族と入り混じって生活した経験が皆無に等しいために、「言わなくても雰囲気で伝わる」というような馴れ合い文化が発達したためです。これは侵略や交流を多民族と繰り返してきたために自分の主張は相手に分かるように伝えなければいけなかったヨーロッパなどと真逆になります。もちろん日本には馴れ合い文化から「奥ゆかしさ」といった美徳も生まれたので、一概にどちらが優れているということではありません。

ただ、仕事におけるコミュニケーションは特に議論の場では日本文化は美徳ではなく邪魔なものになることに気をつけるべきでしょう。